悪魔の津波でした。被災者の方々へお見舞い申上げます。そして皆様のご無事を心よりお祈り致します。
津波予想が6メートルと表示されているときから

いつか映画で見た大惨事が思い出されこれは大変なことになると

早く逃げて!!!とテレビの中に向かって叫びたいくらいでした。

しかし、あの津波って大波がザブンとやってくるというよりは

火山の溶岩がじわりじわりと押し寄せるような

まるでゼりーのような雰囲気に見えましたね。

それは遠くからみた映像だったからかもしれません。

後から別の角度で見たそのエネルギーと勢いは大層なもので

家も車も全部飲み込んで引きずり流していくんですね。

これは逃げようがなかったかも?と涙が溢れてたまりませんでした。

どうぞ一日も早く復興が進みますように。

皆さんが無事でありますように。



さて、そういう我が家は都心に住んでると吹聴していたもので

電車が全てストップという段階から

最悪の場合、泊めてほしいという連絡が3件ありました。

携帯はこちらから「iモード問い合わせ受信」することで

届いたメールを読むことができるんですね。

電話は家電も携帯も全く繋がらず。

メールさえ送れればいつかは届くと思って根気よく送るのが肝心のようです。

いつのまにか私の携帯にも友人、実家、親戚とメールが届いていました。

しばらくは無事確認と連絡の取り合いで時間を費やしました。


で、三人が来るかもしれないからと対策本部が設置されました。

まず、いつ停電がきても大丈夫なようにご飯だけは炊いておくことでさっそく準備。

まだ危ないためガスを使うのを見合わせることにして、

解凍するだけのいくらやサーモンやお刺身などが冷凍庫にあるのを確認。

単にお料理したくない日の常備品ですが助かりました。

そしてリビングを開放しここで夜明かしできるように毛布やら集めておきました。

懐中電灯やろうそくも非常用のものをテーブルに置き、

前の理事会でもらったヘルメットも用意。

こちらはこんな感じで準備していました。


そのうちの一人は汐留で会合があった毎度おなじみ森友の不動産社長。

うちへ歩いてくるには最も近いところにいたのですが

一緒の所長がカラオケに行きたいといいだしたからそっちに行くと連絡がありました。


二人目は埼玉の方ですが用事で池袋に来ていてSOSでした。

もちろん受け入れ準備はOKですが池袋は遠いのでどうやって我が家にくるかが問題。

うちだけじゃなくて他にもSOSを送信して、近くに住んでる別の友人が

自転車で迎えに来たということでそちらへ。


そして三人目は森友の友人で霞ヶ関方面から来るといいます。

仕事上、対応に追われ追われしているうちにどんどん時間が過ぎ、

電車も動き始めたという話でしたが

何しろ遅いのでやはり我が家に来る事に。

夜中の3時ごろに我が家に到着。

徒歩で35分~40分ぐらいの距離ですが

会社で渡された非常食を持ってきたのが受けました。


夜中も、NTTの震災メールが届き、そのたびに飛び起きました。

震源地が栃木、長野、神奈川と東京を囲むように地震が起きているのが不気味です。

朝になってみれば電話も普通につながり、停電もなくガスも心配なく使えます。

水や電気が大切なこんなときに洗濯していいのか?と恐る恐るご近所をみると

皆さん、普通にベランダに干しているので

とりあえずうちはお風呂だけはお掃除し、

万一に備えてすぐにお風呂のお湯も満たしておきました。



霞ヶ関の人はよっぽど疲れたようで夕方近くまで寝ていましたが

一通りの食事を終えたらのんびり神奈川の自宅へと帰っていきました。

我が家も冷蔵庫が淋しいので食糧補給を思い立ち私も久しぶりにスーパーへ。

何よりも、生協で注文した品物の半分ぐらいは欠品になりそうな予感がして

少しでも冷蔵庫を満たそうしたのでした。

ですが思うことは皆おなじようです。

近くのスーパーは肉類はほぼ完売。

残ってるのは外国産のものだけでした。

野菜は高騰するかと思いきや手頃に手に入りました。

ですがイチゴなど、季節の果物は何にも残ってなくて

ワゴンや棚があちこちガラガラなのが震災の影響なのですね。

ただ築地が近いせいか、鮮魚は豊富にあり、

特にお刺身コーナーはにぎわっているのが

不思議な思いで見てきました。



家に戻ってテレビをみると福島の原子炉の爆発があり

住民への影響が懸念されています。

詳細は調査中ということですが不測の事態だったような気がします・・。

念には念を入れるはずの原子力ですがね。

今後どのような対策をとるのかきちんと安全に導いてほしいものです。


この度の地震は日本を大混乱に陥れ

経済の落ち込みも予測でき

少しずつ明るい兆しが見えたところに大打撃ですが

菅首相の言う様に

力を合わせて乗り越えるのみです。


しかしテレビの向こうで泣いていた小さな子を

ただ抱きしめてあげたかった。涙でした。



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