「負ける建築」で世界に勝つ建築家です。
冒頭を見逃してしまったのですが歌舞伎座を映したのかもしれません。

我が家から徒歩20分ぐらいの距離ですが

以前、歌舞伎座に行ったときに概要を写しておきました。⇒コチラ

これを建て替えるのが隈さんですって。完成が楽しみですね。


建築の世界では有名ですからもちろん知っていましたが

どんな建築を作ったのかは知らなかったのでした。

この辺で近くは銀座のティファニービルが隈さんの作品です。

ああ~というモダンさが光るのですが

ハチの巣みたいな金具を使った光のきらめきを

窓ガラスの面のイレギュラーな置きかたで表現していました。

すごくモダンなんですが、この番組をみた印象から言うと違うようなイメージです。

そこは都会に光る宝石の店ですからきらめく街に溶け込んでる事は間違いないわけで

そのポリシーは直球的に表現されたのでしょうか。



スタジオでは龍さんがこのセットをどう思うかと聞いていましたが

空間的にトリックがあって面白いと評価してくれました。

以前、スズキ自動車の社長は無駄なものが多すぎるといったらしくて

龍さんと小池さんは喜んでいました。


で、隈さんが主張する「負ける建築」です。


高知、梼原の棚田を見た隈は町営の「雲の上のホテル」をこの棚田の美しさからヒントを得て

ホテルの中に水面を表現しました。

周りの環境に溶け込み自分の存在を主張しないということが「負ける」という意味になったようです。


隈さんは東京オリンピックで丹下健三の設計した代々木競技場にインパクトを覚え

建築家を志したということです。

東京大学員を卒業し建築会社を経て、コロンビア大学に留学。

帰国後、1986年個人事務所設立。


青山のテナントビルを手がけ、順調に進んだ37歳の隈は笑みの優しい顔写真です。

その後に環状8号線にあるM2というビル(1991年)が隈の評価を真っ二つに分けたという

印象のビルが建てられました・・。

最初の青山テナントも丸い柱が目立つデザインですが

少し宗教の雰囲気がしますがまだ街に溶け込んでいます。

この「M2」がまさに何かの神殿?かと思わせる不思議なデザインで

一瞬ギリシャ?と言ってしまいましたが

番組でもギリシャ神殿と言ってました。そんな感じのビルなんで、

一風変わってる事は間違いないです。

その後にバブル崩壊がやってきてこれで東京での仕事がなくなったと番組では言っています。

隈は言葉で反論するのではなく次の作品で反論しようと思ったと語りました。

若い時の甘さが消えてけっこう厳しい顔立ちにかわっているのは

この時期の挫折がもたらしたものでしょうか。

こんな時に高知の友人が声をかけてくれて梼原のあのホテルとなったわけです。

この出会いが今の隈の設計に変化をもたらした原点だったのでした。

梼原では庁舎など4つの建築。


木橋ミュージアム(2010)は地元の杉をふんだんに使っていますが

この屋根は木の織りなす模様が規則的独特な感じですが

井桁状になっている日本古来の伝統建築様式だそうです。

木は自然の産物であり人間と同じぐらいの長さになるという

自然の成り行きを取り入れたというわけです。


プチホテル

1階が特産物の店舗で2・3階が客室。

杉の木がふんだんに使われていて贅沢な空間をかもし出しています。

客室のベランダ?から一階を見るとまたそのにぎわう様子が見えるのでそれがいいということです。

その土地の文化や生活、特産を取り入れるということが大事な要素なのでした。


コンクリートの建築は何十何百mという人間とは別種類の怪物

怪物みたいなコンクリートから離れて木造の建築に出会えたのが梼原での僕の出会い。

怪物のように主張しない負ける建築はこうして生まれた。


ユニークになるか奇異になるかはその場所に対して優しい気持ちを持っているかどうかだそうです。

20世紀はコンクリートの時代でしたがそれが貢献する裏側には傲慢もあったといいます。

コンクリートの強さがあれば何でもできるということで。

だが21世紀は違う。それを超えた新しいものを作りたいということです。

隈の着眼は素材が変化してくる素材を使うということに醍醐味があるわけです。

栃木の馬頭広重美術館を映してくれました。

ふんだんに使われた杉が建材ですが2000年完成当時はきれいな新杉の色をしています。

それから10年後の今は朽ち果てたような枯れ木の味わい。

この歳を取る、うまく歳をとらせる「エイジングデザイン」を提案するというのが隈なわけです。

この説得がわかってくれた人とはいいものができるということです。

風化していくものを許容する寛容さフレキシブルさが求められているというのでした。


隈の事務所で働くスタッフは110名。

進行中のプロジェクトは国内20、海外30.

スタッフには外国人も15名いて、英語が飛び交うという。


プロジェクトはチームに任せているがその冠は隈だから

隈の意見を求めるスタッフが行列になっていました。

中国にスパリゾートを立てる案がありますが、90度で計算されたものよりも

ずらして自然に並べたラフさを選んだようです。

直感のような感じですが、あっという間に決めていました。


原宿のカフェのプランは、隈は気にいらないようで空間を階段状の野外劇場とか

3階をテラスとか空間を面白く生かしてほしいと言っています。


基本的にスタッフを信用してるので1言って10返って欲しいみたいな感じ。


長岡の庁舎は案内ボードの字を大きくしろと言ってます。

お年寄が見易くという感じです。

サンプルも手にとって木の質感を確認。



ティファニービルのデザインですが宝石のようなきらめきを表現しました。

アルミハニカムパネル。

ガラスの光をきらめきに変えたのがこれ。



隈の事務所では繰り返しはやらないということです。

毎回新しいことをするから退屈しないでやったという気持ちになれるということです。

それは達成感というもの。




教授をしている東大の学生にもコンペを担当させています。

商店街のコンペに布を使う条件の課題がありましたが

面白いアイディアではあるが鉄と布は融合しないということで実現しないものは

最初からダメ出しのようです。


また南フランスのワイナリーを甦らせるプロジェクトがありますが

そのコンペに通ればまた隈のかかえる仕事になります。


忙しいにもほどがあると言っていますが

パリに8時間滞在した後はロスに飛んでいました。

休みはゼロだそうですが仕事が楽しいので必要ないということです。



龍さんは真のグローバリズムは地方から始まるといっています。

地方で仕事をした10年は無駄ではなかったということです。

隈は世界でも中心じゃない場所の方がクライアントが多いとのこと。

マルセイユはパリに敵愾心をもっていてパリなんかとおもっているが

隈はマルセイユの良さを理解してくれてるということで

美術館のオファーがあったということでした。


龍さんは隈の建築物をみると「神は細部に宿る」という言葉を思い出すそうですが

建物を作るとき窓から考えるという隈の発言から納得しています。

窓をあける人間をイメージすることから優しい建物ができるというわけです。


***


コンクリートに変わる建築物が次の世代の提案、課題ということですね。

「負ける建築」という表現が面白いのですが

東京での仕事がなくなったときに感じた挫折感を「負け」だと思ったのかどうか。

その後に自然と融合する(負けるように佇む)建築を提案し、

世界に羽ばたき勝っていきました。

負けるが勝ちをまさに実践した方ですね。



サントリー美術館、根津美術館・・

美術館が多いですね。今度行ってみたいと思います。

「美術」となるとデザインにどんな思想を取り入れるかが見所ですが

初期のころのあの宗教的なものが後には見えないので

負ける建築の真髄をぜひとも感じてみたいと思いました。





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