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UNHCRとは「United Nations High Commissioner for Refugees」国連難民高等弁務官事務所。
ここで働く女性、高嶋由美子さんの活動についてのレポートです。

難民支援のプロフェッショナル。

07年にケニアで起きた暴動により逃げてきた難民達がこの高嶋さんを取り囲んでいます。

UNHCRとは緒方貞子さんがかつて代表を務めていた国連の難民支援機関です。

高嶋さんはアフリカウガンダ支援の最前線に立っています。

人々が囲んでいますが、この避難所は皆さん一人ひとりで作っていく場だと演説しています。



難民支援という職業。

高嶋の基本理念は難民だからと人の価値が下がる事はない。

その人の尊厳を大切にしたい。それだけはなくなって欲しくないと思う。

かつて救えなかった人々がいた。その時の思いが彼女を支えている。


「人は強い。希望は消えない」

ウガンダ北部の町リラの一軒家に高嶋は住んでいる。事務所まで車で5分。

高嶋はアフガニスタンや東ティモールなど扮装地帯を回ってきた。難民支援のエキスパート。

アフリカは6年におよぶ。

目の縁が黒い方。アイライン塗ってる?目を見開いて話すしぐさは堂々たる国際人。

月の半分以上は、ウガンダ各地の避難所を回っています。

高嶋が行ったところはケニアの暴動で逃れてきた2000人の難民キャンプ。

給水車で40tの水を運び食料、生活用品などの支援。

避難所では人々に声をかけて回る。高嶋が扱うのは13箇所もあるという。

順繰りに回っているそうで、人々は高嶋の顔を一週間ぶりに見たと飛びついています、

そして相談者が押し寄せてくるが一つ一つの話を丁寧に聞くことが高嶋のポリシー。

「叫びに寄り沿う」

家族や財産を奪われて自暴自棄になった人々の叫びに高嶋は寄り添う。

話を聞き、話したくても声にならない声を聞くだけでも難民の支えになるのではと思う。

キャンプは暮らしやすいわけがなく人々は不満が充満してるはず。

だからこそ高嶋は努めて明るい笑顔をふりまき、空気を明るくしている。

笑いさえあれば前向きになれるというのが最前線で身につけたスタイル。

高嶋には生活用品の支給など直接の支援と同時にもう一つの重要な仕事がある。

それは難民たちの今後についても道筋をつけること。

ウガンダ政府役人との話し合い。難民達の移住について。政府との交渉。


「熱い心と冷たい頭をもて」

問題は移住したくないと言う人たち。どうお考えですか?役人にきいてみる。

熱い心だけでは難民は救えない。冷たい頭で冷静に交渉する技術も必要。


高嶋さんは一人暮らし。自炊のキッチンのシーンも映してくれてました。

冷蔵庫もない生活で、その日に食べるものはその日に買ってくればいいとあとで話してましたが

普通に洗剤を使ってお弁当を洗ってました。水は確保できてるようです。

この日は親子丼をつくるとたまねぎを切っていました。

ハズバンド募集中。


3月末。難しい案件を抱えていた。

ウガンダ北部の非難してきた1300人が住むこのキャンプを政府が閉鎖すると連絡してきた。

すぐに難民達の今後を考えないといけない。

なぜ故郷に戻らずこのキャンプにいるのか理由を教えてほしい。と高嶋が問う。

ここには子供を連れ去られたり殺されたりした年寄りが大勢いる。

元いた場所に戻っても自力で家を建てる手立てが一切ないという。

またゲリラに捕まり殴られて目が見えないために援助を受けるしかないと謂う人も。

しかしキャンプが閉鎖されたら支援ができなくなる、地元の自治体tが支援を引き継ぐというが未知数。

だからここは本当のことを言う。


「本音でぶつかる」

ごまかさないで本当のことを言います。ただ待っていてもこれからは十分な支援を受ける事はできな

いと思うと告げました。そしてさらに厳しく続けます。皆さんは貰うことばかりを求めています。

自分でできないのなら助けてくれる人は他の氏族にいませんか?

ただ援助を待つ人たちに苦しくても自分で道を開くことを教えていく。

正論やキレイごとだけでは道は開かれない。


スタジオin

休暇をとって帰ってきた高嶋さん。

大げさなくらいに笑顔を向けてくれてますが、VTRでも努めて笑顔を提供していた高嶋さんでした。

落ち込むときはとことん落ち込むことにしているそうです。アロマを取り入れたり。

脳科学的にはバランスをとろうとするから、ちょうどいいと茂木さん。

ハズバンド募集中と出ていましたが理想のタイプは家では何でも決断してくれる人。

仕事で厳しい決断を迫られている高嶋さんらしい答え。


七つ道具は大きいバッグにポーチがいくつも入っていました。注射針もあります。

もしも何かがあったらコレを使ってくださいという。身を守るために持っているんだそうです。

泊まる予定はなくても雨で車が動かせないときは車中一泊なんて普通のところだそうで下着も。

昼抜きのときも多いから血糖値をあげるためにアメなども常備。

電気は一日おきにくるというので冷蔵庫は使ってないといいました。

だから日本に帰ると蛇口から水が飲めると感激だそうで、小さな幸せをいくつも感じるそうです。



3月下旬。

イースター祭。

この仕事の原点はかつて味わった大きな挫折。

大学はイギリスのエセックス大学に留学し、国際的な仕事に興味をもった。

専攻は国際政治。紛争地の問題解決。しかし94年、アフリカ、ルワンダで起きた大虐殺にショックを

受けた。部族間の争いで数ヶ月の間に80万人が殺された。

なぜ人は殺しあうのか。どうしたら争いを解決できるのか。

この時の映像は酷いです。たくさんの死体が転がるところを映していました。

そして高嶋は自分は現場のことは何も知らないということに気づきます。

29歳の時に現場に飛び込もうと決心。

この時にUNHCRを選んだ。

紛争地を希望し、スーダンや東ティモールに赴任。

現場を走るうちに人々を助ける醍醐味に気づきのめりこんでいった。

転機は2年後。タイに派遣された高嶋。

ミャンマーの内戦から逃れてきた少数民族の人々をキャンプに移し保護。


ある日、40人ほどのグループが高嶋のところにたどり着いた。

さっそく難民として登録しようとしたところ、予期せぬことが起こった。

正式な入国がタイ政府に却下された。理由は明かされなかった。

高嶋は猛烈に抗議したが決定は変わらなかった。

3日後、国境まで人々に付き添った。別れの時だった。

それまで気丈に振舞っていたリーダーが泣きながら訴えた。

「帰ったら、殺される」

どうしてこうなってしまったんだろう。ふさぎこむばかりの日々。

そんな時ある本の一説が飛び込んできた。かつての代表緒方貞子さんの記した言葉。

熱い心と冷たい頭を持つ。

自分はあの時、冷たい頭を持ってあらゆる手立てを尽くしただろうかと。

そしていっそう難民支援の仕事にうちこんでいった。

アフガニスタンでは現地スタッフを動かし短期間で5万の家の建設。

ケニアでは政府を動かし6000人の難民の登録。

熱い心と冷たい頭でアフリカを飛び回る。




どんな思いでタイの難民の「帰ったら殺される」という声をきいたのか?と茂木さんが聞いてますが・・

泣きそうでしたね・・かわいそうに。

人間の一番辛いところは、自分がやらなきゃいけないと思っていることができないときがある。

あの時はなんてことをしたんだろうと自分を責めていました。

もちろんやる事は全部やったといういい訳はあったけれど、心の中では取り返しのつかないことを

してしまったという思いが残っています。冷たい頭で手を尽くしたのかどうか・・。

その後、難民たちがどうなったのか情報は色々入ってきたけどはっきりとはわからなかった。


恐らく難民たちは政府に反抗してでもこの高嶋さんの一存で匿ってほしかったのでしょう。

しかしそれをするには高嶋さんは若すぎたし、経験もないし。高嶋さん自身もどうなるかわからないわ

けでとても無理な状況だったのですね。どれほど自分を責めたかと可哀想でした。



難民の人たちは何もかも失っているけれど、基本的な可能性は失っていない。

人々が持つ強さが自分を支えてくれているという。


テント生活の難民たちの視察。雨がひどく溝を作っても全部ぬれてしまう。定住地を移動しないと

いけない。ウガンダ政府に再三要請してきたが返事がこれまでなかった。

しかし今回は、返事がきた。定住できるキャンプの候補地を示してきた。

スーダン難民の暮らしている大規模難民キャンプを共同で使わせてくれるという。

下見に行く高嶋さん。

敷地には学校もあり家だけではなく畑も与えられるという。

報告者は店も開けるし自分達で商売もできると言います。

またある人は子供を育てるにはいい環境だといいました。

でも全員一致とはいかない。

故郷に帰りたい人もいる。

UNHCRとしては人々の意思を尊重することが大事。

可能性があればその気持ちを優先するという高嶋。

しかしここでケニア政府から移住の時期を延長という知らせが入ってきました。

すぐに大使に訴える高嶋。

ケニアに視察に行かせて欲しいと申し出ました。



2週間後、難民達代表と一緒にケニアに向かう高嶋さん。

2ヶ月ぶりに戻ったそうですが村に近付くにつれその残虐の名残はそのまま残っていたことに

ややショックをうけているお年寄り。

焼け落ちた教会には建物に火をつけられ閉じ込められた子供達10人が死んだという。

長老にこの村に帰りたいかと聞く高嶋さんですが、老人は帰りたくないと言いました。

キャンプに帰り説明していましたが、恐怖が甦り、今はまだ変えるときではないと言っています。

ここから人々は意見がどんどん出て騒然としています。

高嶋さんはその様子を黙って見守ってます。

「自分で決めてこそ。」

どんなに私達があなた方を気にかけていても

私達はあなたの代わりにはなれません。決定を下すのはあなた方です。

あなた方一人ひとりです。ここにいない人にも伝えてほしいという高嶋。

2日後。移住の申請。

ほとんどのひとはウガンダキャンプに移住することを選んだが、ケニアの村にいった長老は

ウガンダにとどまることにした。

ケニアに帰るという人もいた。

難民たちにはこの後も困難が押し寄せてくるが自分で決めた道なら開けるはずだという。


一人の赤ちゃんを抱いたお母さんがきました。

名前は「ユミコよ」

高嶋さんの名前をつけていたのでした。

嬉しそうな高嶋さん、赤ちゃんを抱っこしてあやしています。


「プロフェッショナルとは?」

自分の中にいつも疑問を呈する人。

チームの中でモチベーションが高められる人。少しでも前に行く人。






タイの出来事はショックだったでしょう。

29歳で国連に入り2年目という時。

こういう時の解決は誰にもできないことだったのね。

この辛さを経験したから今の高嶋さんがあるというのでした。

しかし、ものすごい活躍ですね。

飛行機恐い、虫嫌い。。など、文句ばかり出る身としては本当に頭が下がりました。


笑顔がチャーミングな高嶋さん。

彼女の笑顔には人をほっとさせるものがあります。

厳しく辛い思いをしている難民たちが高嶋さんに飛びついていく気持ちがよくわかりました。

この仕事でたくさんの人を救ってあげてください。




次回は

歌舞伎役者 坂東玉三郎さん。


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