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今週は涙なしでは見られませんでした。ホスピスケアの看護師、田村さん(50)の仕事の流儀。
オープニングはお花見をする患者さんたちとその家族や病院スタッフの皆さん。

田村さんはひと際笑顔です。


ガン医療の高度な知識と技術を持つガン専門看護師。そのパイオニアの一人が田村恵子さん。

終わりはあるけれど生きる希望を持って最後まで生ききる。


「希望は必ず見つかる」

田村さんの勤め先は大阪の淀川キリスト病院。607床の総合病院。

ナース服を選ぶことから一日が始まる。この日はピンクを選ぶ。患者さんがしんどくなってきてるから。

ここの7階のホスピスケア病床で21人の看護師を束ねる師長。看護歴20年。

入院の患者さんはガンの治療の余地がないと宣告された方。

ガン治療を行わず苦痛を和らげる緩和ケアをするのが田村さんたち。


「声にならない声を聞く」

言葉では正確に伝えきれない患者さんの痛みを聞き取る。

顔や表情で伝わるものがあるという。

患者さんたちは迫り来る死に対して恐怖や後悔の念など苦しみを抱えている。

その心の痛みを癒すのも大事な仕事。

肺がんの女性患者さんは痛みガ落ち着いてきたので自宅で家族と暮らす時間を作ることにした。

しかしそれが家族に迷惑をかけるのではと気に病み泣いてしまった。

自分が生き続けることで迷惑をかけると思っている様子だと田村さんはいう。

患者さんのベッドと同じくらいの高さになりとことん話し合うことにした。

希望もなく辛いといい続ける患者さんと1時間ぐらい話していたら、いつのまにか患者さんは

前向きになっていた。「うんうん、つらいね・・そうね・・・」という田村さんの穏やかな笑顔がありました。。

その数日後、笑顔で自宅に帰っていったという。


4月に入院した男性患者さん(36)は舌癌が転移して皮膚がんに進行していた。

医学的には治療の余地はない状態。でも患者さんはもう一度放射線治療に挑みたいという。

すぐに医師たちと会議。医師だけじゃなく看護師も話し合う。

リスクの高さを伝えたうえで本人の選択を促すことにした。

男性の決意は固く、放射線治療を行うことにした。しかしその後は苦痛が高まる予想がある。

田村さんたちは全力で患者さんを支えることを決意していた。


「支えるのは自分らしい人生」

しかしその患者さんは退院してから3週間後、救急車で運ばれてきた。

皮膚からの出血が止まらなくなっていた。

自分でもこんなに早く帰ってくるとは思ってなかったと言っていました。

男性は田村さんに「やりきった」ということを繰り返し話しています。「うんうん」とニコニコして聞いて

いましたが、田村さんが立ち上がったら手を差し出して「ありがとう」と言っていました。

その5日後、男性は亡くなりました。

一人涙する田村さん。

ひとしきり泣いた後、振り切り笑顔になり、次の患者さんに向かいました。


「スタジオin」

命の重さと向き合う日々でね・・と茂木さん。

現場を離れてこうして映像をご覧になるとどんな思いが・・?by住吉さん

ニコニコしていた田村さんがふっと泣きそうに歪みました。

それぞれの人の人生がよみがえってくる感じです。

それを見て住吉さんも涙がぽろぽろ落ちています。

離れているよりも現場にいて患者さんを前にしたほうがニッコリできるかもしれません。

「生き抜いた」という支えがあればいいという。

田村さんはどうやってご自身の心のケアをされていますか?by茂木さん

悲しくないといえば嘘ですが、生き方を間近で見せていただき、生ききった人のパワーを頂いて

次に向かう人に少しでも役立てたらと思う。そんなに萎えてしまう時間もありませんし・・。

痛みを取り除くことはどれくらいできる?by住吉さん。

今は最も痛みを取れるようになってきたそうです。痛みで入院してきた患者さんも7~8割は痛みが

取り除かれている。症状が消えるとその後の生活を考えることもできるし生き方を広げることもできる。


自宅に帰ることで悲観的だった患者さんが前向きに変わっていったことを茂木さんは聞いています。

こういうことはかなりあるそうです。なぜですか?と聞く住吉さん。

今を生きなくてはという思いが患者さんに湧いてくるという。遠い先は分からないけど明日のことを

考えることはできる。うちに帰ったらこんなこともできるかなと、もう一回生きてみようと思い始める。

覚悟が決まった人間は強いですか?と茂木さん。

凄く強いと思います。キッパリ。


「希望は必ず見つかる」

この信念はガンで亡くなった友人に教わった。

その人は秀隆さん(当時35歳)。10年前ボランティア活動で知り合った人。

その時、虫垂ガンで手術をしたばかりだったが、再発を怖れて自分の殻にとじこもっていた。

自分の人生はガンになっただけの人生。

言葉の限りに励ましたが悲観的な様子は変わらなかった・

「何かしたい事はないのか?」つい言ってしまった田村さん。

秀隆さんは応えなかった。でもそれから2ヵ月後に「ピアノが好き」だと言うことを話してくれた。

病院のピアノを弾いて患者さんたちを楽しませてくれるようにまで、心境の変化があった。

その後ガンは再発。手術は不可能と診断。

でも秀隆さんは前向きに生き、バイオリンを始め、フランス語を習い自分の世界を広げていった。

最後は田村さんの病院に入院、「幸せだった」と旅立っていった。



秀隆さんの様子を聞く茂木さん。

前向きな生き方を実践し、体は辛くなっていたのに大阪から京都までバイオリンを習いに行ったり

お友達と映画に出かけていった。印象的だったのは生きた証を残したいと本を作ることにした。

なくなる日までずっと続いていて毎日が充実していた。

秀隆さんとは7年間友情を育まれていたと聞きますが亡くなったときはどんな思いでしたか?by住吉さん

その日は朝から具合が悪く、また本の装丁が上がってくる日だった。見られるかどうか心配していた。

お昼ぐらいに上がってきて秀隆さんはそれを見て「うんうん・・・これでいい」と満足してくれた。

その数時間後に亡くなったという。

やりきったという人生を一緒に分けてもらった気がした。

病気になったら諦めなくてはいけないものがあるけれど秀隆さんは逆に積極的に生きたと茂木さん。

その明るさはどこから?

その日そのときを大事にしようというのはあったと思います。

体はしんどくなっていくけれど心の持ち方で豊かに生きられることを彼自身が実感していたのでは。

人には前向きに生きていく力があると思うという田村さん。

人間は一人でいきてるわけじゃない。自分の生が終わるとわかって、自分をはぐくんだものは何かと

思うようになる。そして一つ一つ検証していって残ったものは身近の親しい人たちのこと。

こういう人たちに支えられているという思いがあれば頑張ろうという前向きさが宿ってくるという。


「絆を支える」

4月半ば。永田さん56歳。

直腸がんから肝臓に転移。治療はできないと宣告された患者さん。

永田さんの心配は娘さんのこと。6/7に結婚するという。それまで生きていたい・・・

医師としては早くして欲しいということだけしか言えないそうです・・・無理かどうか・・わからない・・

式はひと月半後のことです。実は厳しいようです・・。

永田さんには現在の病状をさほど深刻に考えていない様子がありました。


10日後、永田さんが緊急入院してきた。

絶えられないほどの痛みに襲われた。ところが痛みの様子を覚えてないという。

意識障害が現れているという。

記憶があいまいな意識障害が始まると最後の時があと数週間といわれている。


娘が二人いるけれどひとりぐらいは結婚式を見ておきたいという永田さん。

一週間後、足のむくみがひどくなっています。リンパ液の流れが滞っているそうです。

肝臓の腫瘍が大きくなっていた。おなかもかなりふくらんで見えました。

田村さんは永田さんのためにできることをずっと考え続けていました。


そして家族を呼んで病状説明。医師からは来月までは難しいと言っています。

田村さんからの提案は花嫁衣裳で早めに記念撮影を撮ってもらうことはできないかということ。

結婚式を控えた次女は絶対にそれはお父さんが喜ぶといいました。前撮りはできるという。

しかしそれを言う事は、式まで生きられないことを告げるようなもの。悩みます。

その一週間後、腫瘍が内臓を圧迫し吐き気に襲われる永田さん。

いつ急変してもおかしくないところまできていました。

田村さんは多くの別れを経験し一つの確信があった。

自分の最後を納得できれば患者さんは安らかに旅立っていく


「心残さず生ききる」

お父さんに伝えることを決心。それが5/15でした。式は6/7ですが・・・

ところが記念写真を撮ることを家族は言い出せない・・・。

背中を押されて田村さんが説明。

式には行けたら支えるし応援するけれど結婚式の写真を先に撮れるシステムがあるから

いかがでしょうかと聞きました。

すぐに「それは、したいですね」とお父さんが応えました。

そして準備に入ります。寸秒を争う状態のお父さんでした。


3日後の5/18に病院のチャペルを使いました。

きれいな花嫁さん。ウエディングドレスが長くてステキ。

車椅子に座るのも苦痛なお父さんは意識を保つだけで精一杯だったようです。

でも穏やかに写真を撮影。

翌日から意識が低下。翌々日、亡くなりました。写真が間に合ってよかった。


「プロフェッショナルとは」

私の中のこれまでの経験に基づいてできている直感を信じてゆるがないこと。

そして相手の力をそれ以上に信じてあきらめない。


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ホスピスですから最期を迎える患者さんと過ごすことになるんですね。

死と隣り合わせのようですが、前向きに生きることを友人から教わり

それから、その生き方を支える道を歩んできたという田村さんでした。


多くの患者さんが出演してくれてましたが

それぞれの人生を思って涙していた田村さんが印象的です。

最初から最後まで泣きっぱなしでした。


痛みに絶望して入院した患者さんたちも田村さんの笑顔に支えられ

最期を迎えるまでよりパワフルに生きようとする前向きさが出てきたことでしょう。



次回は プロ野球選手 宮本慎也さん 37歳




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